7月1日 午前9時半 更新
今日から7月、下半期が始まります。頑張りましょう。
この時期、手紙の書き出しに悩みます。梅雨の候ではもうおかしいし、されど酷暑でもないし、日本の文頭は旧暦に則しているのでなかなかぴったりとした言葉が思い浮かびません。若者の方が体感で表現するのでうまいかも知れませんね。国語は何年使っていても難しいです。
明日・あさって支部の研修会で滋賀県に行ってきます。改めて滋賀県に行くというのは初めてです。地図を見ると京都から近いのです。関西は都市と都市の間が近いです。近江神宮・日吉大社・多賀大社などを参拝してきます。ご依頼のご祈祷などは7月5日大安にご奉仕します。また2日・3日はこの宮司のひとりごとはお休みします。
毎日がいい日でありますように。
大前恵比寿神社 宮司 加藤直人
広大無辺のご神徳と
由緒正しい正統性
それがえびす様です
ようこそえびす様にお参りくださいました。
日本一えびす様大前恵比寿神社にお参りされる方から、大前神社は延喜式内社(えんぎしきないしゃ)と書いてありますが、延喜式内社とは何ですか。と、よく聞かれます。 大前神社は大前恵比寿神社の本社(もとつやしろ)であり、大前神社の配神である事代主大神(ことしろぬしのおおかみ)を平成元年十二月に分祀し、新たにお祀りしたのが、日本一えびす様大前恵比寿神社なのです。ちなみに大前神社の主祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかえ)だいこく様です。
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延喜式内社もしくは式内社の意味は、一言で言うと「延喜式」に掲載されているかどうかと言うことです。
それでは「延喜式」とは何なのでしょう。「延喜式」とは、平安時代中期に編纂された格式(きゃくしき)のことです。格式は律令の施行細則で、簡単に言うと国の法律書にあたります。
「延喜式」は全五十巻で出来ており、一~十巻は神祇官関係、十一~四十巻は太政官八省関係、四十一~四十九巻はその他の官司関係、五十巻は雑式となっています。この中で、九巻・十巻は神名帳(じんみょうちょう)と言われ、「延喜式神名帳」に記載された神社を延喜式内社もしくは式内社と言うのです。
この「延喜式神名帳」に記載された神社は全国で二八六一社、そこに鎮座する神様の数は三一三二座にもおよびます。
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現代と違い平安中期、今から千年も前では電話もありません。電車も自動車もファツクスも何にも無い時代です。その中で遠く京都(みやこ)の方まで、栃木の芳賀郡の方には大前神社という神社があります。という情報がもたらされ、「延喜式神名帳」に掲載されると言うことは、それ以前何百年かわかりませんが長い歴史とご神徳があってこそだと思います。
つまり延喜式内社 大前神社は、千数百年の正統な歴史文化があり、いつの時代にあっても神様が氏子さん達をお護りしていたと言うことがわかるのです。
また延喜式内社は、祈年祭に奉幣を受ける神社であり、霊験あらたかな神様に対し、それにふさわしい崇拝を受けてきました。それは時代が下り明治になっても、また昭和になっても平成の御代になってもかわりがありません。
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日本一えびす様大前恵比寿神社は、ご鎮座からまだ二十年と神社の歴史は新しいですが、元をただせばこのように「延喜式神名帳」に繋がる由緒正しい神社なのです。
この神社の正統性とえびす様の広大無辺なご神徳の現れが、多くの参拝者を引き寄せるのです。
先月お礼参りに来られた参拝者がおっしゃっていました。「昨年たまたま寄ったえびす様ですが、何気なくお守りをお受けしたら、幾度となくいいことが起こり、えびす様のご利益を本当に感じることが出来ました。ありがとうございました。」
この言葉を聞いて私はおもしろいな、不思議だな、ありがたいなと思いました。
なぜなら、たまたま寄ったえびす様であり、何気なくお受けになったお守りだったと言うことです。肩肘張らず気張らず、神様と私達人間が本当にいい関係を持たせていただいているな、素晴らしい神様のお導きだなと思ったからです。
これからもこのような素晴らしい関係で、神様と私たちが結びあえることを望んでいます。
日本一えびす様、いつもありがとうございます。
宮 司 加 藤 直 人
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